神戸製鋼HOME > 素形材事業 > やさしい技術 > やさしい技術/アルミ編 > No.14 [調質] その2

No.14 [調質] その2

(やさしい技術読本 1997年3月発行)

モンちゃんとアンサー氏

市場の二ーズにより適したアルミ素材を作り出すことができる、調質の技術。
前回の非熱処理合金については、モンちゃんもずいぶんがんばって勉強していたようです。
今回は引き続き熱処理合金について説明します。
さてモンちゃんの勉強ぶりはいかがなものでしょうか…。

キーワードは「転位」と「析出」

モンちゃん
今回は「調質その1」に続く「調質その2」の勉強ですね。
アンサー氏
「調質その1」で勉強したことをちゃんと理解していますか。調質の方法は大別して非熱処理合金と熱処理合金に区分されます。この前は非熱処理合金を加工することによって、引っ張り強さや加工性を変化させることができることを説明したのです。
モンちゃん
そうでした。思い出しました。非熱処理合金の調質においてのポイントは「転位」でしたね。「転位」によって金属の変形をコントロールし、いろいろな性質を変えることができるのでした。
アンサー氏
「転位」の存在が非熱処理合金の、調質を可能にしているのです。今回説明する熱処理合金でも「転位」の動きが変形に関係していることに変わりはありません。
モンちゃん
非熱処理合金では加工を加えるなどして、「転位」の密度が高まると「転位」が渋滞して動きが鈍くなり、変形を抑えることができるのですよね。熱処理合金は何が「転位」の動きをコントロールするのですか。
アンサー氏
熱処理合金で「転位」の動きを防ぐ役割を果しているのは「析出物」です。「析出物」が「転位」の動きを止めることによってアルミニウムの強化がはかられるのですよ。

析出現象

モンちゃん
その「析出物」というのは何ですか。
アンサー氏
アルミニウムに他の元素を加えると、その元素はアルミニウムの中にばらばらに散らばっていきますね。見た目には、アルミニウムと他の元素が混ざっているとはわからないような状態です。これを固溶体状態といいます。しかし他の元素が溶け込む量には限界があって、それを超えてしまうとアルミニウムの中にその他の元素や化合物が現われてしまうのです。それを析出と呼びます。

熱処理合金のいろいろ

モンちゃん
アルミニウムの中に加えられた他の元素が均一に混ざる限界量を超え、アルミニウムの中に現れたのが「析出物」ということなんですか。
アンサー氏
そうですね。電子顕微鏡などで見るとよくわかりますが、「析出物」によって変形の原因となる「転位」の移動をくい止めることができるので、金属を強化することができるのです。

熱処理合金のいろいろ

モンちゃん
そうか「析出物」は「転位」の動きを止めるつっかえ棒の役目を果たしているんですね。
アンサー氏
この「析出物」も合金のある一部分にかたよっていたのでは意味をなしません。そこで一度アルミニウムの中に他元素を均一に混ぜる必要があるんです。
モンちゃん
ところで熱処理合金の調質というくらいですから、どこかで熱処理が行われると思うんですが。
アンサー氏
それは「析出物」を発生させる方法に関係があるのです。熱処理を行ってある物質を析出させるのですよ。先程いったように、都合よく析出物を発生させるため一度アルミニウムの中に他元素を均一に混ぜ、その上でもう一度析出物を出すのです。ここで重要なのが熱処理合金は高温と常温では成分の溶解度に大きな差があるということです。例えばアルミニウムに、均一に混ざる量を超えたAという原子を加えたとしましょう。常温ではアルミニウムとA原子はうまく混ざり合っていない状態です。しかし温度を上げることによって、常温では溶けきれなかった量のA原子もアルミニウムの中に溶かすことができる。つまり高温では固溶体状態にすることができるのです。これを溶体化処理、焼き入れといいます。
モンちゃん
その溶体化処理、焼き入れはどのように行われるのですか。
アンサー氏
溶体化処理は高温に熱した空気炉、あるいは高温に熱したソルトバスと呼ばれる液体の中で行われます。この時大切なのは指定温度と時間をきっちりと守ること。そしてその後の焼き入れ処理の冷却速度も非常に重要なんです。
モンちゃん
焼き入れの冷却速度によって合金の特性が変わってしまうのですか。
アンサー氏
せっかく溶体化処理を行って固溶体化した合金も、焼き入れ時の冷却速度が極端に遅いと、他元素が化合物として現われてしまい、固溶体ではなくなってしまいます。一方冷却速度が速すぎると固溶度が必要以上にアップしてしまうのです。これを固溶体強化といい、材料の強度が上がりすぎて思うような調質ができなくなります。
モンちゃん
溶体化処理の温度や、焼き入れ時の冷却速度で合金の特性がそんなに変わってしまうなんて、とてもデリケートな合金なんですね。
アンサー氏
でもこれらの処理のおかげで、ユーザーさんのいろいろな材料特性の要求に応えることができるんですよ。さて、話を「析出物」にもどしましょうか。固溶体状態の金属を時効処理すると、本来詐容範囲を超えて混ざっていたA原子が吐き出されて析出します。これが「析出物」というわけです。時効処理には、室温に放置して「析出物」を出す自然時効処理と、ある特定の温度と時間を加え人工的に「析出物」を出す人工時効処理とがあります。
モンちゃん
ということは、熱処理合金の調質は、溶体化処理により他元素をアルミニウムの中に均一に溶かし込み、焼入れによって固溶体状態のままで閉じ込め時効処理によって「析出物」を出す、ということなんですね。

温度によって溶け具合の違う合金元素

アンサー氏
熱処理合金の種類もいろいろあります。Al‐Cu系合金の2000系、AL‐Mg‐Si系合金の6000系、A1‐Mg‐Zn系合金の7000系などです。
モンちゃん
やはりそれぞれの合金によって析出方法も変わってくるのでしょうね。
アンサー氏
はい。合金の添加元素によって析出の経過はざまざまですし、それに合わせて時効処理が行われることになります。
モンちゃん
そういえば、非熱処理合金の調質の時に「調質記号」というのがありましたね。どのような「調質」が行われたか、すぐわかるという便利な記号でした。熱処理合金においてはどのような「調質記号」が使われているのですか。
アンサー氏
熱処理合金で基本的に使われている記号は、”T”です。これが、熱処理によってF・H・O以外の安定な質別にしたものという意味です。“T”はTemperの頭文字から付けたんです。
モンちゃん
じゃあ、T1とかT2、T3、T4とか…。
アンサー氏
そうですね。主な記号を説明しましょうか。まずT4は焼き入れのまま、常温で自然時効処理したもの。T3は焼き入れの後冷間加工し、自然時効処理をしたもの。冷間加工によってより強度を高めることができるので、航空機材などにも使われています。T5は高温で加工し、急速に冷却、その後扇風機などで強制空冷し人工時効処理を行ったものです。そしてT6は焼き入れの後、特に冷間加工せず人工時効処理をしたもの。ひずみのきょう正などの目的で冷間加工しても、強度を高めるなどの機械的性質に影響がなければ、T6となります。

JlS規格で用いられる調質記号

T 熱処理によりF・O・H以外の安定な質別にしたもの:
即ち焼き入れ、焼き戻し材など。
T1 高温加工から冷却した後、自然時効させたもの:
押出材のように高温の製造工程から冷却した後、積極的に冷間加工しないで十分に安定な状態まで自然時効させたもの。したがって、きょう正してもその冷間加工の効果が小さいもの。
T2 高温加工から冷却した後、冷間加工を行い、さらに自然時効させたもの:
押出材のように高温の製造工程から冷却した後、強さを増加させるため冷間加工を行い、さらに十分に安定な状態まで自然時効させたもの。
T3 溶体化処理後冷間加工を行い、さらに自然時効させたもの:
溶体化処理後強さを増加させるために冷間加工し、さらに十分に安定な状態まで自然時効させたもの。
T4 溶体化処理後自然時効させたもの:
溶体化処理後、積極的に冷間加工しないで、十分に安定な状態まで自然時効させたもの。したがって、きょう正してもその冷間加工の効果が小さいもの。
T5 高温加工から冷却した後、人工時効硬化処理したもの:
鋳物又は押出材のように高温の製造工程から冷却した後、積極的に冷間加工しないで人工時効硬化処理したもの。したがって、きょう正してもその冷間加工の効果が小さいもの。
T6 溶体化処理後人工時効化処理したもの:
溶体化処理後積極的に冷間加工しないで人工時効硬化処理したもの。したがって、きょう正してもその冷間加工の効果が小さいもの。
T7 溶体化処理後安定化処理したもの:
溶体化処理後特別の性質を調整するために、最大強さを得る人工時効硬化処理条件を超えて過時効処理したもの。
T8 溶体化処理後冷間加工を行い、さらに人工時効硬化処理したもの:
溶体化処理後強さを増加させるために冷間加工を行い、さらに人工時効硬化処理をしたもの。
T9 溶体化処理後人工時効硬化処理し、さらに冷間加工したもの:
溶体化処理後人工時効硬化処理し、強さを増加させるために、さらに冷間加工したもの。
T10 高温加工から冷却した後、冷間加工し、さらに人工時効硬化処理したもの:
押出材のように高温の製造工程から冷却した後、強さを増加させるために、冷間加工し、さらに人工時効硬化処理したもの。
モンちゃん
なるほど。温度によって添加元素の溶け具合が変わるというアルミニウムの性質を利用して析出物を発生させ、「転位」の動きを封じこめる。その上時効処理でさらに強度などを高めることができるとは。
アンサー氏
非熱処理合金、熱処理合金のいずれの「調質」においても、常に同じ品質の素材を提供することは、なかなかに難しいことではあります。実験室の中だけで少量の試作品を作っているのならばともかく、工場の中での大量生産ですからね。でも素材メーカーでは常にユーザ一の方々に満足していただける製品を作るために、より充実した生産体制を整えるように努力しているんですよ。
モンちゃん
「調質」の研究はまだまだ未知の部分があるそうですし、これからも新しい方法が発見されて、新たな特性を持ったアルミニウムが生み出されるかもしれませんね。そしてそれが生産体制に直結したものであれば、きっと世の中をあっといわせるような製品ができあがるかも…。
アンサー氏
そんなアルミニウムができるといいですね。

偶然から生まれたジュラルミン。

偶然から生まれたジュラルミン
20世紀始め、アルミニウムは新しい金属として注目され、さまざまな研究が進められていました。
ドイツ人のアルフレッド・ウイルム博士もアルミニウムの研究をしていた一人でした。

ある日のこと、博士はアルミニウムに熱処理を施し、その効果を調べようとしていました。
その日はたまたま土曜日。
実験後の処理を任された助手が「明日は休みだから、やるのは月曜日にしようっと」と言ったかどうかはわかりませんが、とにかく熱処理後のアルミニウムの状態の検査が行われたのは、実験から2日たった月曜日のことでした。
そこでアルミニウムの硬度を測定した助手はビックリ!そこには今までにない硬さを持ったアルミニウムが生まれていたのです。

それが今日ではいろいろな用途に使われているジュラルミン。
ジュラルミンは偶然に行われた自然時効によって誕生したものなのです。