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No.15 アルミの熱処理

(やさしい技術読本 1997年3月発行)

モンちゃんとアンサー氏

キャンディを包む包装材から航空機部材まで、
さまざまなシーンで活躍するアルミ。
多様な特性を引き出す熱処理は、アルミ製品の製造工程に巧みに取り入れられています。
熱処理のもたらす魔法とはどんなものなのでしょう。

連続焼鈍炉

連続焼鈍炉

熱によっておこなう調質

モンちゃん
今回はアルミ合金の熱処理の話。なんだか難しそうなテーマですね。ちゃんと理解できるか心配。
アンサー氏
モンちゃんにしては珍しく弱気ですね。熱処理は、最終製品の品質に影響を与える大切な技術なんです。わかりやすく説明しますから、しっかり勉強してください。
モンちゃん
はい。わかりました。
アンサー氏
熱処理とは、最終製品の用途に要求される特性を生み出すために、アルミニウム合金に熱を加え性質を様々に調整していく処理のことです。
モンちゃん
あれっ。以前に勉強したことがあるような気がするな。
アンサー氏
まさか忘れてしまったんじゃないでしょうねえ。「調質」について思い出してください。ここでアルミあるいはアルミ合金の材質を調整して、その性質を変化させるための方法について説明しました。それぞれの合金の成分を考えて加工を加えたり、熱処理を施したりしてより硬い、柔らかい、耐食性がよいなどの特性をつくるのでしたね。
モンちゃん
何となく思い出してきました。たしか調質はいろいろな記号で表されていましたよね。
アンサー氏
その通り。 モンちゃん、そろそろ調子が出てきたようですね。調質には大きく分けて加工によるもの“H”と熱処理によるもの“T”などがありました。
モンちゃん
それじゃ、熱処理による調質について復習すればいいんだ。
アンサー氏
そうですね。さらに、今回は熱処理の役割や設備についても触れることにしましょう。

熱処理合金の時効硬化に欠かせない溶体化処理と焼き入れ

モンちゃん
熱処理で材料の性質を調整するのはどんなアルミ合金に対しても通用するの?
アンサー氏
ウォッホン。これもまた「合金」で勉強したはずですよ。アルミ合金には非熱処理合金(1000、3000、5000系)と熱処理合金(2000、6000、7000系)の2種類があります。熱処理による調質“T”は特にこのうちの熱処理合金に使われている処理なんです。
モンちゃん
じゃあ、熱処理合金に対して実際にどんな処理が行われているか教えて下さい。
アンサー氏
2000、6000、7000系の熱処理合金はある特定の熱処理を行い、添加した元素からできた化合物を細かく、たくさん析出させて強度を変化させるんです。
モンちゃん
特定の熱処理ってどんな処理をするんですか。
アンサー氏
化合物を細かくたくさん析出させるために、時効処理という熱処理を行います。でもこの時効処理で化合物を析出させるために、その前段階として行わなくてはならない大切な熱処理があります。
モンちゃん
いいものをつくるためには、なんでも仕込みが大切なんですね。
アンサー氏
そう。よいアルミ製品をつくるための仕込みともいえる熱処理が溶体化処理と焼き入れ処理です。
モンちゃん
「ヨウタイカショリ」なんて、初めて耳にする言葉です。
アンサー氏
溶体化処理とはアルミ合金中の溶け込んでない元素を均一に溶け込ませてやること。図1(a)のようにアルミの結晶格子に添加元素の原子が置換されて入り込み、元のアルミニウムの結晶形を保っている状態(固溶体)にするのです。

溶体化処理

モンちゃん
具体的にはどのような方法で行うんですか?
アンサー氏
溶体化処理は添加元素を最大限に溶け込ませるためアルミ合金を比較的高温にします。その温度は合金によってある程度決まっています。例えば2000系の合金はだいたい500℃から530℃の範囲で行われます。このような温度はある決まりがあって定められているんです。
モンちゃん
ある決まり?また難しい話になりそうだな。
アンサー氏
んー。ちょっと難しいかもしれないけれど、これについて説明しましょう。図2をみてください。これはCuを添加したアルミ合金(2000系)の状態図を示したものです。ここで線①を固溶限線(あるいは溶解度線)といい、アルミ中にある特定量のCuが溶け込むのに必要な温度を示したものです。 この線より低温だとアルミ合金中に固溶状態とは違って化合物が析出してしまいます。また線②は固相線といい、この線より高温になるとアルミとCuからなる化合物が溶けだし、液体と固体が共存する領域になります。ですから、溶体化処理はこの線①と線②の間の温度で行われなくてはならないのです。
モンちゃん
こんなに狭い温度領域で処理をしなければならないなんて、とっても大変そう。それに温度のコントロールだって難しいと思うけど。
アンサー氏
その通り。溶体化処理は温度管理がとっても重要なんです。
モンちゃん
溶体化処理温度が低すぎたり高すぎたりすると影響を受けるのかな。
アンサー氏
温度が低い場合は十分な固溶状態が作れず、強度が思うように高くなりません。また温度が高すぎる場合は、液体と固体が共存している状態になるので、バーニングといわれる部分的に溶けてしまう現象が現れます。
モンちゃん
ふうん。添加元素を均一に溶かし込んだ後、次の処理に移るんですね。
アンサー氏
次は焼き入れ処理が必ず必要になります。溶体化処理によって得られた固溶状態を急速に冷却してやるのです。これによって合金が室温になったときでも、高温で加熱したときと同じような状態を保つことができるのです。この状態にされた材料を過飽和固溶体といいます。
モンちゃん
過飽和固溶体を作るために気をつけることは何ですか?
アンサー氏
この処理は焼き入れ時の冷却速度が重要になります。特に焼き入れに対して非常に鈍感な7000系などは焼き遅れのないように、溶体化処理直後に焼き入れするようにします。
モンちゃん
焼き入れがうまく行われないとどうなってしまうの。
アンサー氏
例えば冷却温度が著しく遅いと、過飽和固溶体がうまくできずに、時効処埋後に強度がでなくなります。

熱処理合金の強度を左右する時効析出物

モンちゃん
溶体化処理、焼き入れ処理が済んだ後はいよいよ時効処理ですね。時効処理するとなぜ強度が上がってくるの?
アンサー氏
時効処理を施すことによってアルミ合金中に溶けている元素の析出がおこり、この析出物が転位の動きを止め、強度を高めます。(図1(b))焼き入れ後できている過飽和固溶体とは、言ってみれば材料が不安定な状態。ですから過飽和になった合金は、常に室温で安定な状態になろうとして析出物を出そうとするのです。
モンちゃん
じゃあ、過飽和の状態の合金を室温においておけば、どんどん強度が上がっていくわけだ。
アンサー氏
まあ、その通りなんだけど、この室温に放置しておく処理(室温時効)で十分に強度が上がる合金は少なくて2000系合金に代表されます。
モンちゃん
他の6000系や7000系合金はどうするの?
アンサー氏
6000系や7000系合金も、もちろん室温で時効され強度は上がりますが、それだけでは十分な強度は得られません。従ってこれらの合金には人為的に高い温度を加えて処理し、強度を高くします。これを人工時効といいます。
モンちゃん
人工時効の処理方法には、なにか決まりがあるの?
アンサー氏
時効処理では化合物をいかに細かく多量に析出させるかが、強度を決めるポイントになります。人工時効処理を低温で長時間行うことで、細かな化合物を多く析出させることができます。100℃で1週間なんて具合に。しかし1週間なんて長時間をかけることは、工業的に無理なので、効率的な温度と時間を設定して必要な強度をつくっているのです。例えば6000系(6061)は160℃×24時間、7000系(7075)は120℃×24時間が一般的に行われる人工時効処理条件です。
モンちゃん
なるほど。人工時効における温度と時間によって強度が決まるんですね。熱処理合金の強度が非常に高いのは、溶体化処理、焼き入れを行い、その後時効処理をするという特殊で複雑な熱処理を施しているからなのね。

大切な役目を果たす均質化熱処理と焼純

アンサー氏
これまで説明したように熱処理合金の「熱」を利用して材質を制御することを熱処理というんですが、アルミ合金を製造する行程の中でもさまざまな熱処理が行われています。
モンちゃん
工程中の熱処理って溶解・鋳造後の均質化熱処理や加工後に行われる焼鈍処理のことですか。
アンサー氏
そう。均質化熱処理も広い意味では熱処理の一つと考えてよいでしょう。溶解・鋳造後の鋳塊は内部組織がとても不均一でまばらな状態なんです。均質化熱処理はこのまばらな組織を均一にするために行われます。
モンちゃん
均質化熱処理にもきちんとした目的があるわけね。
アンサー氏
そう。均質化熱処理の目的は第一に凝固によってできた晶・析出物の均質化。もう一つは晶・析出物の大きさと密度のコントロールです。
モンちゃん
均質化熱処理がちゃんと行われないとどうなるの?
アンサー氏
不均一な鋳塊をそのまま加工すれば、部分的に特性が違った製品ができてしまいます。また析出物の大きさや密度が適当でないと、熱処理にも大きな影響を与えます。
モンちゃん
熱処理合金は固溶体の大小が特性を左右するのに、もともとの組織に間題があっては、しっかりと熱処理を行ったつもりでもうまく特性を引き出すことができないですよね。
アンサー氏
そうですね。次に加工後に行われる焼鈍について説明しましょう。
モンちゃん
焼鈍といえば、調質記号で「O」で表すんでしたよね。
アンサー氏
焼鈍とは、加工によってぐちゃぐちゃに発生した転位を熱によって再び配列を整理させ、さらに新しい結晶をつくり、アルミ合金をもっとも柔らかい状態にしてやることです。つまり、熱を加えて、再結晶させることです。
モンちゃん
焼鈍によって柔らかくなった素材は、その柔らかさを生かした製品にもなるし、さらに加工を加えるためにも効果的なんですね。

効率的な熱処理を行うための設備

モンちゃん
ところで熱処理を行う設備ってどんなものなの。
アンサー氏
均質化熱処理は、基本的にバッチ式の空気炉が使われます。高温長時間の熱処理が必要な場合は、スラブを等間隔、横型に配置できる大型のバッチ式空気炉を使ったり、長期間にわたって同じ材質を処理する場合には連続式の処理炉が使われます。
モンちゃん
均質化熱処理は、それぞれの性質に合わせた効率的な方法で、空気炉を使った雰囲気中で行われるんだ。焼鈍はどうでしょうか。
アンサー氏
焼鈍する材料の形状がさまざまなので、それに合わせた形式の炉が利用されますが、機密性が良く雰囲気の調整に効果的なバッチ式空気炉が一般的ですね。アルミ圧延コイルを均一に焼鈍するためには、連続焼鈍炉が適しています。急速加熱効果で微細粒組織が得られ、均一な組織が得られやすいという利点もあります。またアルミ箔の焼鈍のように表面酸化が問題になる場合は、雰囲気加熱処理炉が使われます。
モンちゃん
では溶体化処理は?
アンサー氏
溶体化処理には、一般に3つの方式の炉が使われています。1.縦型炉 2.ソルトバス(硝石炉) 3.運続焼鈍炉です。縦型炉は、熱風循環式の空気炉。上部に空気炉が、下部に焼き入れのための装置が設置されていて、急速な焼き入れができるようになっています。
モンちゃん
溶体化処理した素材は急冷すること、つまり焼き入れを行うことが非常に大切だから、溶体化処理炉と焼き入れの装置が一体化しているんですね。
アンサー氏
ソルトバスは伝熱性の良い塩浴を使って溶体化処理するもの。硝酸ナトリウム(NaNO3)と硝酸カリウム(KNO3)を混合した液体によって効率よく急速に熱処理を行います。
モンちゃん
液体だから、空気炉のようにさまざまな外因の影響も受けにくいのね。
アンサー氏
ソルトバスは厚板の溶体化処理をするのに適しています。急速に加熱することができ、熱容量の点からも効率的です。比較的安定した温度で溶体化処理されるので、ほぼ同一の材料特性のものを製造することが可能なんです。航空機材など、材料特性に対して規格が厳しいものをつくる場合にソルトバスが良く使われます。
モンちゃん
ソルトバスでも焼き入れの装置が併設されているのですか。
アンサー氏
そうです。焼き入れは水を使う水焼き入れが一般的ですが、ひずみや材料内部の残留応力が高くなるのを抑制するために、温水焼き入れやオイル焼き入れも行われます。さて、連続焼鈍炉は、コイルを連続的にしかも品質の良い材料を作るために作られた設備です。コイルを連続的に流し、溶体化処理と焼き入れを同一の設備で連続して行うことができます。
モンちゃん
それだと長いコイルでも均一に溶体化処理できるし、すぐさま焼き入れも行えて大変良質なコイルを作ることができますね。
アンサー氏
熱処理についての解説もそろそろ終わり。熱処理は合金の材料特性の決定に欠かせない要因だということがわかったかな。
モンちゃん
熱処理の温度と速度の総合的なコントロールがすごく大切だってことがわかりました。熱処理がうまく行われているからこそ、色々な特性のアルミ素材が生まれ、多様な用途に結びつくんですね。