鋼材の塗膜下腐食における水の動きを可視化

中性子イメージングによる定量的な非破壊検査に成功

2017年3月16日

株式会社神戸製鋼所
独立行政法人理化学研究所

本研究成果の要旨

理化学研究所(理研)光量子工学領域光量子技術基盤開発グループ中性子ビーム技術開発チームの竹谷篤副チームリーダー、大竹淑恵チームリーダー、若林泰生研究員、光量子工学領域の池田裕二郎特別顧問、株式会社神戸製鋼所材料研究所の中山武典研究首席らの共同研究チームは、鋼材の塗膜下の水の動きを中性子による非破壊検査で詳細に捉え、腐食の原因となる鋼材塗膜下の水の滞留を定量的に評価する手法を開発しました。

橋梁などのインフラ構造物に利用される鋼材の最大の弱点はさびやすい、すなわち腐食することです。それを防ぐ手段として塗装が最も広く用いられています。しかし、塗装した鋼材は時間経過に伴い塗膜の欠陥部などから水が塗膜下に浸入し腐食が進行します。このため定期的な塗り替えが必要で維持管理コストが増大する要因となっています。腐食の進行を遅らせる塗料や合金鋼などの開発が行われていますが、さらに開発を進めるには鋼材の腐食メカニズムの解明が不可欠です。これまでのX線を利用した非破壊検査では、腐食の原因となる水に対する感度が低く充分に解析できませんでした。そこで、水の検出能力が優れている中性子を用いた非破壊検査が注目されています。

共同研究チームは、理研が「理研小型中性子源システムRANS(ランズ)[1]」を用いて開発した、鋼材塗膜下の水の動きを定量的に評価する独自の解析手法を、大強度陽子加速器施設J-PARC[2]での実験に適用しました。J-PARCの高強度中性子による高時間・高空間分解能な中性子イメージングの結果、一般的な鋼材である炭素鋼(普通鋼)と塗装耐食性を向上させた合金鋼を対象に塗膜下の水の動きを数時間にわたり詳細に観察し、定量的に評価することに成功しました。合金鋼に比べて普通鋼は保水能(水の滞留を示す値)が大きく、腐食が進行しやすいことが分かりました。また、普通鋼の腐食は厚み方向だけでなく、鋼板の面方向にも広がりやすいことも分かりました。

今後、鋼材の腐食に関する多くの定量的なデータを得ることで鋼材の腐食メカニズムを解明し、維持管理コスト低減を実現することが期待できます。
本研究成果は、日本鉄鋼協会 第173回春季講演大会(3月15~17日)で発表します。なお、本研究で得られた中性子透過像は日本金属学会第67回金属組織写真賞にて優秀賞を受賞します。

本研究は、文部科学省「光・量子融合連携研究開発プログラム」の支援を受けて実施しました。

1.背景

鋼材は安価で、強く、加工性に優れることから、建築物や橋梁といった社会インフラから自動車や航空機の機体の材料などとして、各分野で大量に使用されています。しかし、水の影響でさびやすい、すなわち腐食することが最大の弱点です。鋼材の腐食を防ぐ手段としては「塗装」が最も広く用いられており、日本での腐食対策費の約6割を占めるといわれています注1)。しかし、塗装した鋼材は時間が経つにつれて、塗膜の欠陥部などから水が塗膜下に浸入し腐食が進行するため、定期的な塗り替えが必要です。現存する橋梁などのインフラ構造物の多くは、老朽化するにつれて塗料の塗り替えなどの維持管理コストが増大するため、社会的な課題となっています。塗膜下腐食は降雨や結露によって塗膜下に水が浸入することで進行します。腐食の進行を遅らせる塗料や合金鋼などの開発が行われていますが、さらに開発を進めるには鋼材の腐食メカニズムの解明が不可欠です。これまでのX線を利用した非破壊検査では、鋼材への透過能が不十分で、かつ、腐食の原因となる水に対する感度が低いため、充分に解析できませんでした。そこで、鋼材への透過能が高く、水に対する感度も高い中性子を用いた非破壊検査(中性子イメージング)が注目されています。

中性子イメージングに必要な中性子源は大強度陽子加速器施設J-PARCなどにありますが、中性子源は数が少なくリソースが不足している、また装置が大型で鋼材を扱う現場に導入しにくいという問題がありました。

そこで、理研の研究チームは多くのユーザーが導入、使用できるように小型化した「理研小型中性子源システムRANS(ランズ)」(図1)を開発し、鋼材塗膜下の水の動きを定量的に評価する独自の解析手法を確立しました注2、3)

図1 理研小型中性子源システムRANS(ランズ)の装置全景

図1 理研小型中性子源システムRANS(ランズ)の装置全景

右側の陽子線線形加速器より7メガ電子ボルトに加速された陽子線が、中央の青い立方体内でベリリウムに衝突し、核反応(Be(p,n)B)により高速中性子(n)が発生する。高速中性子は減速材を用いてより低速な熱中性子に変換される。熱中性子はターゲットより5m飛行した後サンプルに当たり、透過像が検出器に映し出される。

注1)社団法人腐食防食協会(現在、公益社団法人腐食防食学会)の調査(1997年)

注2)山田雅子、他著、小型中性子源を使った塗膜下腐食鋼材の非破壊イメージング観察、鉄と鋼, 100(2014), No. 3, 429.

注3)竹谷篤 他著、Visualization of Water in Corroded Region of Painted Steels at a Compact Neutron Source(小型中性子源を使った塗装鋼板の腐食部の水の可視化) ISIJ International(日本鉄鋼協会・英文論文誌) 57(2017), p.155.

2.研究手法と成果

共同研究チームは理研がRANSを用いて開発した独自の解析手法を、J-PARCを利用した高時間分解能かつ高空間分解能な中性子イメージングに適用し、塗膜下の水の動きを詳細に観察しました。一般的な鋼材である炭素鋼(普通鋼)と生成されるさびを緻密化することで塗装耐食性を向上させた耐食合金鋼(合金鋼)それぞれに対して、JISが定める促進腐食試験[3]により塗膜に人工的に欠陥を作り、そこを起点にできた膨れを成長させた後に水を含ませ、その後、自然乾燥する間の中性子透過像を撮影しました。その結果、普通鋼よりも合金鋼のほうが欠陥からの水の浸入が少なく、乾燥も速いことが分かりました(図2)。

図2 普通鋼と合金鋼の試料の水の分布の時間変化

図2 普通鋼と合金鋼の試料の水の分布の時間変化

普通鋼と合金鋼の塗膜に人工的に欠陥を作り、そこを起点にできた膨れを成長させた後に水を含ませ、その後自然乾燥する間、中性子透過像を撮影した。普通鋼よりも合金鋼のほうが水の浸入が少なく、乾燥も速いことがよく分かる。なお、この中性子透過像は日本金属学会第67回金属組織写真賞の優秀賞を受賞する。

次に、これらの中性子透過画像を解析し、15秒ごとの0.2mm×0.2mmの大きさの領域の水の量を定量的に得ました。この時間ごとの定量的な水の量のデータから、鋼材の腐食を引き起こす水の滞留を示す「保水能(水の量の時間積分値)」として数値化し、普通鋼と合金鋼中の水の滞留を評価しました。その結果、合金鋼に比べて普通鋼は保水能が大きいことから水を滞留させやすく、腐食が進行しやすいことが分かりました(図3)。

また、保水能の値を腐食の膨らみの厚みで割り「体積当たりの保水能」を得ました。体積当たりの保水能は、腐食の膨らみの中央部分の腐食が最も進んでいるところで大きな値を持っているだけではなく、腐食の膨らみのエッジ部分に大きな値を持っていることが分かりました。これはエッジ部分において、腐食が活発に進行することを示しています(図4)。

エッジ部分の体積当たりの保水能が高くなる傾向は、普通鋼において顕著でした。合金鋼においても同様の傾向はみられましたが、その値は普通鋼に比べて小さくなりました。これは普通鋼の腐食が厚み方向だけではなく、横方向にも広がることを意味しています。

図3 保水能分布

図3 保水能分布

合金鋼と普通鋼の保水能(水の量の時間積分値)を数値化し、塗膜下の水の滞留を評価した。合金鋼に比べて普通鋼の方が、単位面積当たりの保水能が高い領域が多いことから、水が滞留しやすく腐食しやすいといえる。

図4 体積あたりの保水能の2次元分布

図4 体積あたりの保水能の2次元分布

普通鋼と合金鋼の体積当たりの保水能の2次元分布を比較した。カラーは体積あたりの保水能の値を示していて、カラー部分は腐食の膨らみ部分に相当する。普通鋼では膨らみの中央部分だけではなくエッジ部分の値も高く、エッジ部分でも腐食が活発に成長していくことが示唆される。

3.今後の期待

鋼材の腐食は水が浸入して滞留し、基礎となる地鉄(じがね)に水が接触する時間が増えることで進行します。従って、腐食の進行具合を水の動きと併せて観察し、定量的なデータを取得することで、腐食メカニズムを詳細に解明できると考えられます。腐食メカニズムの解明によって、腐食を防ぐ新しい耐食性鋼板や、より効果的な耐食性塗装の開発とともに、腐食反応に起因する高強度鋼の環境脆化の対策が進むことで、社会的な課題であるインフラ構造物の維持管理コストの低減や地球環境の課題である自動車の軽量化による燃費向上・炭酸ガス排出抑制などが期待できます。

また、本研究は小型中性子源で解析手法を確立し、世界最高性能を誇る大型中性子源で得た詳細な情報を解析する、小型中性子源と大型中性子源との相補的な利用のモデルケースです。その高い性能から競争が激しく利用機会の限られる大型中性子源だけでなく、今後、ユーザー自身が手元で使える小型中性子源が普及することで、より効率的かつ効果的な中性子の利用法の開発が期待できます。本モデルケースの普及によって、中性子の利用が学術分野だけでなく、鉄鋼業界や土木関連の業界をはじめとした産業界にも身近な手法として広がることが期待できます。

補足説明

[1] 理研小型中性子源システム RANS(ランズ)

理研が開発し現在高度化を行っている普及型の小型中性子源システムで、中性子ビームが2013年1月に取り出された。J-PARCに代表される大型中性子源より手軽な装置として、中性子線利用に適した金属材料や軽元素を扱うものづくり現場への普及を目指している。また、小型な可搬型加速器中性子源と大面積全天候型高速中性子イメージング検出器の開発も進めている。これらと強度予測シミュレーション全体を有機的に組み合わせた、橋梁などの大型構造物非破壊検査健全性診断システムを確立することを最終目標としている。RANSは、RIKEN Accelerator-driven Neutron Source の略称。

[2] 大強度陽子加速器施設 J-PARC

高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構が共同で茨城県東海村に建設し運用している大強度陽子加速器施設と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用が行われている。J-PARCはJapan Proton Accelerator Research Complexの略。

[3] 促進腐食試験

JIS-K-5600-7-9:2006(塗料一般試験方法)附属書1(規定)サイクルDに準拠した複合サイクル試験(塩水噴霧5%NaCl、30℃、0.5h ⇒湿潤95%RH、30℃、1.5h ⇒熱風乾燥20%RH、50℃、2.0h ⇒温風乾燥20%RH、30℃、2.0hの繰り返し)を、720サイクル(6カ月)行った。この条件は、沖縄の海岸地区で4年、または北陸の海岸地区で5~6年、または東京の郊外地区で11年、自然にさらして腐食した状況に相当する。但し、本研究では、塗膜下腐食を促進させるために一般塗装よりも防食性に劣る簡易塗装を両サンプルに施した。

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