第12回 金賞作品紹介

小学生の部

「森の景色屋」  宮﨑 文寧

森の景色屋

森の景色屋

文・宮﨑 文寧 絵・ながおか えつこ

あるふしぎな森の中に、
小さな木の家がぽつんとたっています。
そこは「森の景色屋」です。
クマ店員が、おとずれたお客さまに、
見たい景色をあんないするのです。

ある日、はたらきもののリスが、
つかれた顔をしてやって来ました。
「いらっしゃい。
リスさんは、どんな景色が見たいのかね。」
「しずかでやさしい景色はありますか。
クリやクルミを集めるのがたいへんで、
少しつかれてしまったんだ。」

クマ店員は、あんないしました。
「それなら、ここがいいんじゃないかね。」

そこは、すんだ小川のほとり。
やわらかな光が葉っぱのすき間から
きらきらと落ちてきて、
風がふんわりとそよいでいました。
リスはうれしい気持ちで、
「ありがとう。
とてもすてきな景色だ。
ここならゆっくり休めそう。」
と言い、さっそく木のあなを見つけてねころびました。

クマ店員が森の景色屋にもどると、
こまった顔をしたオオカミが
待っていました。
待っていました。
「こんにちは、オオカミさん。
どうかしたのかね。」
「じつは三日も前から
しゃっくりが止まらなくて、
ヒック。
こまっているんだ、ヒック。
おどろく景色をたのめるかい、
ヒック。」

クマ店員は、少し考えて
あんないしました。
「それなら、ここがいいんじゃないかね。」

そこは、深くすんだエメラルドグリーンの川。
木々の間からさしこむ光が、
水面にはね返って青くかがやいていました。
オオカミは、息をのむ美しさにみりょうされました。
自然が作り出した見たことのない景色を前に、
いつの間にかオオカミのしゃっくりは止まっていました。
「なんておどろく景色だろう。
しゃっくりが止まらなくてこまっていたことも
すっかりわすれてしまっていたよ。
ありがとう。」
オオカミはお礼を言って、
まんぞくして帰って行きました。

クマ店員が森の景色屋にもどると、
次は、どこかつまらなさそうな顔をしたハトが
やって来ました。
「やあ。
こんにちは、クマ店員さん。
わたしは、まちの景色はたくさん見てきたんだけれど、
森の景色はあまり見ることがなくってね。
森の景色屋があると聞いて、
森ってどんな景色なのか知りたくなったんだ。
わたしにも森の景色をあんないしてくれるかい。」

クマ店員は、気に入ってくれるだろうかと考えながら、
ハトをあんないしました。
「それなら、ここがいいんじゃないかね。」

そこは、まるでべつ世界に
まよいこんでしまったような森。
たくさんの木が自由に息づいています。
おどるように木の根が地面に生え、
太い太い太い木がすべてを見守るように立っています。
つるが木をだきしめているようにまきつき、
岩や地面は青々としたコケの洋服を着て、
あざやかにかがやいていました。
「クマ店員さん、森ってとてもすてきだね。
自分の体がちぢんで
小さくなってしまったのかと思ったよ。
この木たちはいつからこの場所に
根をはっていたんだろうと長い年月をそうぞうすると、
感動して言葉をうしなってしまいそうだよ。
大地をつくった神様がいるなら、
きっとここに住んでいるよ。
すごく神々しい景色だ。
あんないしてくれて、ありがとう。」
ハトは、しばらく景色を
ながめて帰りました。

そんなふうにあんないしていたある日、
一人のおじいさんが森の景色屋にやって来ました。
「おや。
人間が来るなんてはじめてだね。
どんな景色が見たいのかね。」
「子どもの時に見た、美しい森の景色がもう一度見たいんだ。
その時の写真があるんだが、あんないしてはくれんか。」
おじいさんは古びた写真を一まい、クマ店員にわたしました。
クマ店員は、じっくり考えました。
「たしか……。
その場所は、
この写真とはちがう景色になっているね。
同じ景色は見せてあげられないけれど、
写真の場所を思い出せる景色へあんないしよう。」

そこは、木の葉が空をおおい、
こもれびが葉を光らせて
きらめいていました。
たくさんの野草が生え、
落ち葉がふりつもった地面はふかふかやわらかく、
木々がおく深くまで広がっていました。
「ありがとう。
とてもなつかしいよ。」
おじいさんは、
むねいっぱいに森の空気を
すいこみました。

「よかったらクマ店員さんもいっしょに見ないかい。」
クマ店員は、そっとおじいさんのとなりにすわり、
景色をながめることにしました。
自然のかがやきを感じながら、おじいさんとクマ店員は、
ゆっくりと森の時間を味わうのでした。



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中高生の部

「森と生きる小鬼」  堀山 直浩

森と生きる小鬼

森と生きる小鬼

文・堀山 直浩 絵・さとう めぐみ

ビュンッと元気な風が、森にふきました。
この森に一番長く住んでいるミズナラの木が、
その風にほほえみました。
この風がふくと、この森に住むわんぱくな小鬼が
すがたをあらわす合図です。

「ようっ!
ミズナラのじっさま。
生きてるか~。」
言葉はいつもぶっきらぼうですが、
ミズナラを見上げるそのひとみは、
最近続いた強風で弱ったミズナラの体調を
心配しているのが伝わってきました。
「ああ。
生きてるともさ。
ちょっと目をとじていただけだ。
としよりあつかいするんじゃねえぞ。」
ミズナラの言葉に、小鬼は、
「どっから見ても、としよりじゃねえか。」
と、かたをすくめてみせました。

森の鬼とミズナラの付き合いは、
小鬼が生まれるずっとずっと前からです。
長く生きているミズナラは、
この小鬼のじいさまのじいさまのじいさまのじいさまが
森に住んでいるころから
自分たちのくらす森を大切に思い守る仲間なのでした。

「なぁおまえ、またやらかしたんだって?」
ミズナラの急な言葉に小鬼は、そっぽを向きました。
「今度は何やらかした?
うん?
言ってみろ。」
小鬼はきゅっとくちびるをかみしめ、だまったままです。
ミズナラのえだからおりてきたリスが、
ねむそうな目をこすりこすり
ミズナラと小鬼の話に入ってきました。
「もお〜っ。朝からうるさいなぁ。
ゆっくりねてられやしないじゃないか……。」
小鬼は、
「よし、今のうち。」
と、こっそりその場をはなれようとしましたが、
ミズナラに見つかり、
「で、どうなんだ?」
と、少し強い口調で問いかけられました。
小鬼の代わりにリスが答えました。
リスは、全部知っていたのです。
「どうやら、また人間をこわがらせたようで。」
リスの言葉に、ミズナラの木がふるふるとゆれます。
「そうなのか?」

「だって人間ときたら、
よくばりすぎるんだもん。
もっともっとって、どんどん
森を小さくしようとするしな。
きりがないよくばりだからな。」
小鬼は、いかりで顔を真っ赤にして
言いました。
「これ以上、森が小さくなったら、
ここに住むクマやシカの家族、
ほかの動物たちや、じっさまたち、
草木の植物も、海に住む魚たちも
こまっちまうんだ。」

リスが、ミズナラにこっそりとたずねます。
「海の魚も森と関係あるの?」
と。
ミズナラも、リスにこっそり教えます。
「森の水は、ただの水じゃない。
土の中にくらす虫たちが、
力を合わせて生み出した栄養たっぷりの水なんだ。
特別なんだよ。」
リスは、森のふかふかの土の中にしみこんだ後、
川を通って海に流れこむ水の旅をそうぞうします。

ミズナラは、ぷりぷりおこる小鬼に静かに話しかけます。
「おまえの言うことは、まちがっちゃいないよ。
森があるからたくさんの生き物の命が守られているし、
森があるから空気がきれいになっている。
森の土が雨水をためているから
ふせげるさいがいもあるっていうのに。
そうして、人間のくらしも守ってるのさ。」
「さすが、ミズナラのじっさま。
そうなんだよなぁ。
なあんも分かっちゃいねえんだ。
根こそぎ、自分たちのものにするのも気に入らねえしよ。」
リスも、小鬼の話に大きくうなずきました。
「小鬼の言うとおりだ。
森の仲間は生きていく分だけ森のめぐみを食べる。
ひとりじめしない!」
「おおっ、リス、話が分かっているなぁ!」

小鬼は、ミズナラとリスの話に
自分と同じ気持ちを感じてうれしくなり、
さらに話し続けました。
「森の生き物が里に出てゆくのは、
小さくされた森に食べ物がなくてしかたなくさ。
人間みたいに、相手が住んでいる所に
どんどんふみこんでいって
追い出すようなことはしない。」
今度は、ミズナラとリスが
大きくうなずく番でした。

「人間は、おれのすがたを見て
『うわっ! 鬼だ! 鬼が出た!』
って、おれを指さしてにげていくけれど、
そっくりそのままその言葉を返したいよ。
おれはすがたが鬼かもしれないけど、
心は森の仲間だ。
森を自分たちの都合で好き勝手にするやつこそ、
すがたは人間かもしれないけれど、
心は鬼なんじゃないか、
おれ、そう思うんだよなぁ……。」

ミズナラを取りまくたくさんの木々の葉が
さわさわといっせいにゆれて、
おうえんする声に聞こえました。
小鬼は、むねのおくそこが温かくなるのを感じます。

小鬼は、自分が森を守るために何かしなければ……と、
心のどこかでいつも思うのです。
「だから、ずかずか入ってくる人間に少しばかりおどろいてもらって、
森のおくへ行くのをあきらめさせたりしたんだよ。
鬼のすがただからな。」
「ぼくが君でも同じことをしたと思う。
でも、リスのぼくが出ていくと、
『まぁ! かわいらしい!』
ってさ。
全然きき目ありゃしねえ。
失礼しちゃうぜ、まったく。」
リスの言葉を聞いて、
小鬼の心は、
もっとほっかほっかした
気持ちになりました。
「やっぱり森の仲間は最高だ!」
と思いました。

今日も森の一日が終わろうとしています。
森にくらす生き物を守り、森の周辺ちいきを守り、
森から流れ出る水を守る森。
この森には、
必死に森を守ろうとする小鬼がいます。
小鬼のすがたをしているけれど、
森の仲間たちの目には「守り神」にしか見えません。
ただこの神様、ときどきやりすぎてしまうのが、
少しこまったところなんですけれどもね。


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