第5回 金賞作品紹介

「クヌギの百年母さん」  森 凜

わたしは、クヌギ百年母さんから生まれました。
いつもお母さんにひっついています。
大きなどんぐりになるのは、来年の秋です。
えだとえだの間に
ぽっこりとなっているのがわたしです。
おぼうしをかぶっていてつるつるで
ぽっちゃりのどんぐりになるのはまだまだ先です。
クヌギは三百才まで生きます。
どうして百年母さんとよばれているかというと、
わたしのお母さんは、百回どんぐりの赤ちゃんを
生んでそだてたからです。
わたしは、生まれたてのぽっこり赤ちゃんです。
分からないことがたくさんで、
いつも百年母さんに聞いています。

「あったかくって、ふわっとして、
百年母さんの葉っぱが
サラサラって聞こえてくるのはなあに?」
「これは、春風ですよ。
春風は、あったかい風と愛を
いっしょにはこんでくれるんですよ。」
わたしは、春風って気持ちいいな
と思いました。

「キラキラしてて、
お目目がパチパチするのはなあに?」
「これは朝日ですよ。
一日の始まりをとどけているんですよ。」

「ねぇ!百年母さん。
お空に白いふわふわが、うごいているよ!」
「あれは、雲というんですよ。
雲がいっぱい集まったら、雨になるんですよ。」
と、教えてくれました。

「さっきまでは青色だったのに、
お空がオレンジ色になったよ。」
「あれは、夕やけというんですよ。
一日の終わりに今日一日、楽しかったね、
といっているんですよ。」

ぐんじょう色みたいな夏の夜になりました。
森の中はしーんとしてみんながねむっています。
だけど、まだ赤ちゃんのわたしだけは、
ねむっていません。
どうしてねむっていないかというと、
お空に何か光っている物を見つけたからです。
「ねぇ、あのキラキラしているのはなあに?」
「あれは、お月さまとお星さまですよ。
楽しいゆめを見るために光っているんですよ。」
「わぁー。わたしにむかってくる、あれはなあに?」
「あれは、流れ星というんですよ。
明日の朝も元気に起きるのよ、
と言っているんですよ。」
わたしはお母さんの話を聞きながら、
キラキラ光るお星さまをみていると、
ねてしまいました。

秋になりました。
ある日、お兄さんとお姉さんのどんぐりが
みんないなくなりました。
百年母さんの葉っぱもどんどん落ちていきました。
わたしはぽろぽろなみだが出てきてとまりません。
それを見た百年母さんは言いました。
「どうしてないているの?
お母さんはまだ二百年も生きるんですよ。
下を見てごらん。
お兄さんやお姉さんがいるでしょ。
下に落ちてもいたくないように、
葉っぱのカーペットをしいているのよ。」
わたしは、ほっとしました。

さむい冬が来ました。
「白くてわたしの体に、しみこむのはなあに?」
「これは、雪っていうんですよ。
さみしい時や、かなしい時に大切な人と
ぎゅうって、だきしめ合えるようにふっているんですよ。」
と教えてくれました。

二年目の春が来て、夏もすぎました。
秋になると、わたしの体は茶色になって、
あこがれのおぼうしをかぶっています。

わたしは百年母さんの
葉っぱのカーペットに落ちました。
そしたら、むこうのほうから来た男の子に
ひろわれてしまいました。
わたしは男の子のたから物に
なってしまったのです。
百年母さんの所に
帰ることができません。
そして、男の子の庭に
うえられてしまいました。

そして、百年がすぎました。
わたしは大きな木にせい長しました。
わたしのまわりに、
たくさんの子どもが集まっています。
わたしのそばのベンチには、
大人やおじいさんや
おばあさんがすわっています。
ときどき、百年母さんを思いだします。
だけど、わたしは、さびしくありません。
いっぱい人が集まってくるからです。


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「森の貸しもの屋」  𠮷川 真未

フカフカな緑のじゅうたん。
枝の先までピンと張った木々。
あっ、鳥のさえずりが聞こえてきました。
ここは森の中。おばあさんの朝の散歩道です。

おばあさんは、毎日ここで新しいものを
発見することが大好き。
今日はとてもいいものを発見しました。
切りかぶのそばに新しく咲いたピンクの花です。
それだけではありません。
もう一つ発見がありました。

コナラの木の間に、
小さな可愛らしいお店が建っていたのです。

おばあさんは、どんなお店なのか気になったので、
のぞいてみることにしました。

「ようこそ、森の貸しもの屋へ」

中からでてきたのは、
小さな女の子。
緑色のワンピースを着ています。
おばあさんはお店の中に入りました。

「まぁ、すごい。
こんなにたくさんの
木の実は見たことがないわ。」
それはそれは、形も色もちがう木の実が
山ほどあったのです。

貸しもの屋というのだから
この木の実を借りるのだろうけれど、
借りて何をするか
おばあさんは不思議に思いました。

「この木の実を借りて、どうしたらいいのですか?」
「それはあなたの自由です。
貸し出し期間中は木の実を使って何をしてもいいです。
ただし、もしも木の実を借りたら
期限は守ってください。
貸し出し期限は、来年の秋までです。」
おばあさんは、せっかくなので
借りてみようと思いました。
木の実を使って何をするかは、
あとで決めたらいいわ。
おばあさんが選んだのは、
ころころとしている丸いどんぐりです。
つやつやしていて、とてもきれいでした。

おばあさんは、どんぐりを
ポケットに入れて家に帰りました。

さて、借りたはいいけれど
これをどうしましょう。

おばあさんは長い間考えた末、
すばらしい名案を思いつきました。
「土にうめて育てましょう。
きっと育てるのは楽しいわ。
大事に育てて、
秋になったらお店に返して、
森に戻してもらえばいいのよ。」

おばあさんは、さっそく森の中から
土を借りてきました。
枯葉や動物のフンがまざった、
森特製の栄養豊富な土です。
それを植木鉢に入れてから、
どんぐりをうめました。

おばあさんが
たっぷり水をやっていたある日。
土から緑色の
小さな芽がでていたのです。
おばあさんが
これまで朝に発見したものの中で、
一番いいものでした。

おばあさんは、
まるで子どものようにはしゃぎました。

それから、夏になると、
芽は太陽という魔法の力を借りて、
力一杯枝を伸ばしました。

いくつかの季節が過ぎて、
またセミの鳴き声が
うるさくなってきたころには、
植木鉢がきゅうくつになりました。

おばあさんにとって、
その木は自分の孫のようなものになりました。
小さな木のために水をやり、
虫をとってやりました。
強い風の夜は、そばでずっと見守りました。
大変だったように思えますが、
実際は全然そうではありません。
木はおばあさんの毎日の楽しみでした。
暑くても寒くてもどんな日でも、
背筋をのばして生きる木の姿をみて、
私ももっと頑張ろうと思ったときもありました。

やがて森がカラフルになり、
鮮やかな赤や黄の葉が
嫌でも目につくようになりました。
おばあさんは決めました。

今日、大きくなった木をかかえて
あのお店に向かいます。
「ようこそ、森の貸しもの屋へ。」
前回と同じ声がしました。

「借りたものを返しにきました。
私は借りたどんぐりを育てました。
森に返していただけませんか。」
「分かりました。
大切に育てられたこの木は、
立派な森の一員になるでしょう。」
おばあさんは、
木と別れることが
少しさびしかったのですが、
大好きな木が森の一員として、
大きく育つ様子を想像すると
うれしくなりました。

緑色のワンピースを着た女の子が
言いました。
「あなたにあげるものがあります。」
おばあさんがもらったのは、
忘れるはずもないあの大切に育てた
どんぐりの兄弟でした。

それからしばらくたったある日、
ポストに葉っぱが入っています。
いたずらかと思いましたが、
よくみると文字があります。
「森の一員やっています。」

おばあさんは
森に向かってさけびました。
「私も、小さな森の一員やっています。
今までありがとう。」

おばあさんの庭は今、
たくさんのどんぐりの芽でできた
小さな森になっているのです。


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